激レアさん

冨永照子浅草そば屋十和田の場所や評判は?経歴や伝説がヤバイ!

浅草にある老舗手打ちそば「十和田」4代目女将の「冨永照子」さんをご存知でしょうか?

そばが有名なのも勿論、実はこの方浅草では知らない人がいないといわれるくらいの有名人のようです。

なぜ、浅草にてこんなに有名なのか?と言いますと、昔「ゴーストタウン」と化していた浅草を日本有数の観光地として復活させた伝説の女将さんなのです。

引用:https://www.ganbarou-fukushima.jp/news/4612/

(そうなんだ!浅草とお言えば、かなりの有名な観光地だったのでずっと人がにぎわっているもんだと思っていました)

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浅草の栄枯盛衰

(浅草みついて少し興味が沸いてきましたね~)

引用:https://www.google.com/imgres?

浅草といえば超有名観光スポットです、平日、休日と関わらず、人が多いイメージです。

特に午前中は外国人観光客が多く、日本人の方が少ないとさえ言われています。

そんな日本人にも海外にも大人気の浅草、浅草寺があるのでずっと人気があるのだろう、と思っていましたが色々な方が動いたり、広報したり、そして富永照子さんのように伝説をつくったり、とかなりの努力をなさってきたようです。

江戸時代から人気が高かった浅草、当時は信仰のために賑わい、その延長で飲食店が立つようになりました。

昭和に入ると「浅草六区」に多くの劇場ができ興業街へと発展していきます。

この「浅草六区」、「雷門」、「仲見世周辺」、が驚くほどの賑わいを見せていました。

このまま、1964年開催の東京オリンピックを機会に更なる発展を遂げると思いきや、ここで誤算が生じます。

当時浅草は浅草六区の劇場などに来る方が多かったのですが、このオリンピックの付近の1960年代は「カラーテレビ」が急激に普及された時代です。

しかも、世界初の衛星中継に成功したのです!

一見関係ないカラーテレビの登場ですが、当時は皆テレビの前に釘付けになります。

それまで、劇場に足を運んでいたお客さんたちも家でカラーテレビに夢中になってしまうのです。

それに加え、新たな場所に観光客やお客さんを取られてしまいます、その場所は、、、、

「新宿」「渋谷」「池袋」といった場所が台頭してきます。

(こう見ると浅草は昔から観光地ではあったものの、時代と共に色々な事があったのですね~)

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富永照子さんの伝説とは?

ここで気になるのが富永照子さんの伝説になります。急激に衰退していく浅草をどう救ったのでしょうか?

富永照子さんは昭和35年(1960年)に浅草のお菓子屋「菊水堂」に嫁ぎます。

富永照子さんは当時23歳でした、1960年代といえば、東京オリンピックの開催4年前ですね、

(1950年代は浅草の最盛期になりますから、まさか当時は衰退するとは思ってなかったでしょうね、、、)

そして、オリンピック過ぎ本格的な衰退時期を迎えます、富永照子さんはそんな浅草の衰退に歯止めをかけるべく、

1967年(昭和42年)に共同組合「浅草おかみさん会」を立ち上げます。

この浅草おかみさん会での富永照子さんの活躍には驚愕しました、

当時は地位も名誉もないからとがむしゃらに頑張ったようで「ダイエー中内社長、イトーヨーカドー伊藤社長、ホテルニューオータニ大谷社長、などの面々を味方につけていきました。

(凄すぎますね(笑)、がむしゃらに頑張ってもどうにもならないと思ってはダメですね(笑))

観光案内地図の作成や、子育てのために認可保育園を作ったりとしました。

そして、浅草六区にホテルニューオータニの大谷社長に相談し「ROX」というビルを建ててもらいます。

この「ROX」は時代背景も組んで建てたようです、1986年(昭和61年)に開業ですので、まさに日本は「バブル景気」の時期になります。

他にも、日本初の2階建バスを走らせるなど、精力的に活動をなさっていました。

1988年には映画「異人たちとの夏」などのロケ舞台ともなり少しずつ衰退から抜けだしたかに思えましたが、、、

2003年頃まではなかなか低迷時期から抜け出せなかったようです。

(やはり一度そうなると人が戻ってくるのは大変なんですね、、、しかし、ビルを建ててもらったり、2階建バスを走らすなど正に伝説すぎますね笑)

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浅草の復活

長い間、低迷時期を過ごしてきた浅草にも徐々に活気が戻ってきます。

2003年のNHK朝の連続テレビ小説「こころ」の舞台となったあたりが転機を迎えました。

この時にも勿論浅草おかみさん会が下支えとなって動いていたようです。

昔からあった映画館などは全て閉館になってしまいましたが、

浅草六区再生プロジェクトが行われ、商業施設の「まるごとにっぽん」などが開業されました。

近年は外国人観光客も多く、さらには観光客向けのホテルが開業するなど、

賑わいをみせているようです。

(いや〜長かったですね〜、浅草おかみさん会の下支えのもと色々なプロジェクトが行われたのですね!)

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富永照子のプロフ

・名前         冨永照子(とみながてるこ)
・生年月日    1937年生まれ
・出身地       東京浅草
・浅草仲見世老舗手打ちそば 十和田4代目女将

現在も富永照子さんが発足した浅草おかみさん会は活動をしています。

今度は東京オリンピックが開催されますね、

その時は昔ながらの伝統を活かした、新しい浅草が誕生するかもしれませんね!

最後までお付き合いくださりありがとうございました!

 

 

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